DTP時代の幕開け
マックの缶詰へ、ようこそのお運びで。
本日は少々趣を変えまして、当時の「DTP三種の神器について」のお噺を一席。
前回からの復習も兼ねてのお噺から〜
コンピューターゆうたら、いま時分はもう、猫も杓子もスマートフォンやらAIやら言うてますけどな。あれは遡ること1980年代、まだ世の中がバブルでぷくぷく膨れとった頃のこと。アメリカはカリフォルニアから、えらいもんが海を渡って来よりましてな。
その名を「Apple Macintosh」いいまして、
いや、食いモンの林檎やありしまへんで。コンピューターです。スティーブ・ジョブズゆう、えらい変わり者の若いアメリカ人が作りよった。
パソコンいうたら「黒い画面に緑の文字がチカチカ光る」んが当たり前やった時代に、「白い画面にアイコンが並んで、ボタンが1つのマウスでカチカチ動かすだけで絵が描けたり、画像をいじったり出来る」規格外のエライもんが日本にやってきたんです。
「なんやこれ、おもちゃか?」
最初はみな、そない言うて阿呆にしとったんですわ。ところがどっこい、このおもちゃみたいなもんが印刷業界をひっくり返してしまいました。
さて、当時の印刷ちゅうもんはな、そらもう大変な仕事でして。文字を打つ人拾う人、写真を切り貼りする人、版下を作る人……ひとつのチラシを作るのに、何十人もの職人さんが寄ってたかって、作り上げるまでに何日もかかる。デザイナーの先生が「ここの文字、もうちょっと大きゅうして」言うたら、それだけでまた一日かかりよる。
「ゲラ(版下)のアップ?そら明後日になりますわ」
「明後日!? ……そないにかかるんかいな?しゃあないな、そのままでいこか」。
こんなんが日常やった。ところがMacintoshが来てからちゅうもの、話がごろっと変わりましてな、その立役者がこの一席の立役者、世に言う「DTP三種の神器」ゆうもんです。
DTP三種の神器と呼ばれたソフト達
Adobe Illustrator ── ベクターグラフィックの代表格

まず一つ目。Adobe Illustrator(アドビ・イラストレーター)。
これがまた、えらいソフトでしてな。ベジェ曲線ゆう、フランスの自動車屋はんが考えた数学の線を使いまして、どんな曲線でも自由自在に描ける。直線も曲線もお手のもん。文字も自在に変形できる。それまで烏口(からすぐち)とロットリングで震える手ェ抑えながら線を引いとったデザイナーはんが、マウスひとつでスイスイですわ。
ロゴや図版を作るならこれ。線や図形を数式で描くベクター方式のおかげで、どれだけ拡大しても美しいまま。印刷の世界では欠かせない存在でした。
「こ、こんな綺麗な線が……。わしの四十年は何やったんや……」
泣きをみたベテランの版下屋もおったそうで。まあ、嬉しなきかな悔し泣なきかなは、知らんけど。
Adobe Photoshop ── 画像処理の王道
二つ目。Adobe Photoshop(アドビ・フォトショップ)。

これはもう、写真の魔法使いですわ。ミシガンの大学でノール兄弟ちゅう二人が作りよった。写真の色を変える、明るさを変える、いらんもん消す、別の写真とくっつける。何でもできる。
それまでの写真修整ちゅうたら、暗室でな、赤いランプの下で薬品の匂いにまみれて、筆でちまちまネガを修整しとったんですわ。エアブラシ言う道具で写真にシューシュー色を吹いたりしてな。職人芸ですわ。それが全部、画面の中でパパッとできてしまう。
「おい、この写真の背景に富士山入れといてくれんか?」
「へいへい、ちょっと待っといてや。すぐに用意できますさかい……はい、できました」
「……なんや、えらい速いな?」
今、フォトショゆうたら「写真を創作・加工する」の代名詞になってしもたぐらいですからな。大したもんです。
写真の補正や合成、色調整。今では当たり前の作業ですが、当時はまさに魔法のような機能でした。「パソコンで写真をいじれる」という事実そのものが、衝撃的だった時代です。
QuarkXPress ── ページレイアウトの主役
ほんで三つ目。これがQuarkXPress(クォーク・エクスプレス)。

イラストレーターが筆のという剣の武器、フォトショップが絵の具という盾の武器やとしたら、Quarkは何かゆうと、これは台紙ですわ。レイアウトソフトゆうもんでしてな。文字をここに置いて、写真をあそこに置いて、罫線引いて、段組み作って……紙面全体の設計をするための電子版下の武器です。
これがいわば、DTPの司令塔です。ライターさんが作った電子文字を流し込み、電子画像を配置し、版面を画面上で整える。雑誌や広告、パンフレットのレイアウトはほぼこのソフトで作られていました。他にもAldus社のPage Makerがありましたが、操作性の悪さがたたって日の目をみんままでしたな。
雑誌でもチラシでもポスターでも、最終的にはQuarkで組み上げる。もう印刷業界ではQuarkが「標準語」みたいなもんでしてな。面接で「Quarkが使えませんねん」言うたら即オチでしたわ。
例)
「〇〇さん、Quark 使えるか?」
「いえ、まだちょっと……」
「ほなアカンな。他あたっておいで」
面接がこれで終わったゆう、殺生な話もありましてな…。

Adobe社は後PageMakerを昇華し In Design に名を変え、現在ではQuarkよりIn Designが使われるようになりました。
Quark の販売元が、パッケージ版にこだわった為遅れを取ってしまいました。
皆さんがお使いのイラレやフォトショも「クラウド配布」ですね。アップデートもし易く、パッケージ版より安価に抑えることができます。昔のデザイン会社には、本棚や専用ロッカーにパッケージ版の箱がズラリと並べられ、ちょっとしたステータスシンボルでした。
Illustrator、Photoshop、QuarkExpress この三つが揃うてはじめて、マッキントッシュの上で印刷物が一人で作れるようになった。何十人もおった工程が、デザイナー1人の机上で完結してしまう。こら、えらいことですわ。
印刷屋はんの写植室からはガチャンガチャンいう機械の音が消え、暗室の赤いランプは灯らんようになり、版下職人はんの烏口は引き出しの奥にしまわれた。一つの時代が終わって、新しい時代が始まったんですな。
もちろん、ええことばかりやおまへんで。ベテランの職人はんの中には仕事を失った方もおった。技術の革新ちゅうのは、いつの時代も誰かの涙の上に成り立っとるもんです。
けどまあ、あの三つの道具がなかったら、今みなさんが手に取る雑誌も、街で見るポスターも、全然違うもんになっとったでしょうな。

さらに日本語入力ではJustSystemのATOK 8が活躍。変換の賢さでは当時かなり評判で、DTPオペレーターにとっては「四種目の神器」ともいえる存在でした。
フルカラーの衝撃 ── Macの画面が変わった
モノクロから始まったMacintoshも進化を続けていました。特に大きかったのが、画面の色数の変化です。
最初はモノクロ、そして256色カラー。次に31,200色。そして遂に…、
1,677万色の総天然色、フルカラーへ!
デザインや写真の世界では、これは非常に大きな意味を持ちましたね。「印刷に近い色が画面で見える」という時代がやってきたんですから。
もっとも、このフルカラー環境を整えるには、それなりの覚悟が必要でしてね、
フルカラー対応のロジックボード(コレが数万円)。大容量のハードディスク(これも数万円)。メモリの増設(当時はDRAMでこれも1枚数万円)。合算で数十万円〜百万円!
法人でなかったら、出せないお品書です。当時のMacintoshは、ホンマに「金喰い虫」でしたな。

とはいえ、画面表示はRGB表示・紙面はCMYKですから、完全一致は不可能でした。
RGB表示はテレビと同じで三色(レッド、グリーン、ブルー)の重なったところは「白に近い無色」になるのに対し、CMYK(インクのシアン(C)、マゼンタ(M)、イエロー(UY)、ブラック(BK)の四色)の重なったところは「黒に近い黒」になります。
よくスーパーの広告で「画像はイメージです」の単語を見たことがあると思いますが、元はココから来たとも言えます。
サードパーティーの登場
そして、Macの世界が広がるにつれて、もう一つの流れが生まれました。それが「サードパーティー」と呼ばれる存在です。
三種の神器を支える便利なツールやプラグイン、フォント管理ソフトや画像処理ソフト。いろいろなメーカーがMac向けのソフトを作り始めました。Macの世界はこの頃、まさに活気に満ちていたと言っていいでしょう。

有名どころでは、文字打ちに欠かせない「日本語入力ソフト・ATOK」、「Illustratorのベクターイラスト作成ソフトのEye Candy」や「Photoshopに入れる様々なプラグイン」。
雑誌のフリーソフトやパッケージングされたソフト達。危ないジャンクFDもありました(当然ながら、ジャンクについては、すべて自己責任)。
DTP現場のリアル ── フリーズとの戦い
さて、ここで少し現場の小噺を。
QuarkXPressというソフトは非常に優秀でしたが、一つだけ弱点がありました。
よく落ちる(固まる・フリーズする)。ソフト本体の問題はあまり聞かず、素のままのQuarkXPressだと、ほとんど固まることはありませんでした。QuarkXPressを便利に使おうとする機能拡張に問題があったのがほとんど。理由は簡単、「日本語特有の縦書きシステム」に無理があったんです。
国語開き(縦書き)は日本と数少ない国にしかありません。PCそのものが横書きにしか対応してませんでしたから、仕方がないと言ってしまえばそれまでですが…。
致命的だったのが「ATOKの機能拡張と相性が悪い」こと。
使う側からすれば、QuarkとATOKは「鬼に金棒」的な存在でしたが、機能拡張は「犬猿の仲」だったようです。
作業をしている最中に、突然画面が固まる。当然、マウスも動かない、静かにフリーズ…。
DTPオペレーターはこの瞬間、必ず同じ言葉を口にしました。
「あ、またかいな」……。
そのあと☕️や🚬を取りつつ、何もなかったかのようにシステムを再起動。これもまた当時の日常風景でした。
ですから作業中はこまめに保存(Command+S)する。これはもはや反射のようなものでした。数分おきに無意識に押す Command+S は、当時のオペレーターに共通する「生存本能」だったといっても過言ではありません。

もう一つの敵 ── フォントの問題
さらにDTP現場でよくあったのが、フォント(書体)の問題です。
レイアウトを作って、データの入ったMOを持ち、いざ出力センターへ持っていくと…。
「フォントがありません」
と言われる。すると画面ではきれいに見えていた文字が、別のフォントに置き換わってしまう。この瞬間、現場は少しざわつきます。
フォント管理というのも、DTPオペレーターの大事な仕事の一つでした。自分のMacに入っているフォントと、出力センターのフォントが一致していないと、せっかく作ったレイアウトが台無しになってしまうのです。TrueTypeフォントがでてきてからは、もっと切実な問題になりました。
当時は「フォントは必ずPostScriptフォントを使用して下さい。TrueTypeフォントや特殊フォントは必ずアウトライン化して下さい」の注意書きがありました。
アウトライン化出来るソフト…Adobe Illustrator しかありません。完全に「独禁法に抵触」ですね。

こっちとあっちで環境が違うと、思ったとおりにはならん。コレは古今東西、変わりませんな。細かいことを言うと「大手ソフトで作ったものしか使えません」ですわ。
何処とは言いませんが、表計算は「exc形式」で、文書は「doc形式」でと同じ事ですな。やっぱり大手は「金脈」を手放しません。ねぇMS社さん。
デザイン現場ではほとんど使いませんでしたわ。「text形式」「PS形式」「tiff形式」が標準でしたね。
さて、そんなDTP三種の神器ですけどな。時代は巡りまして、今はAIゆうもんが出てきよった。文章も絵もレイアウトも、全部 AI がやってくれる。深夜・早朝構わず、24時間対応。ヒトは画面を眺めてるだけで良いだけになった。
ウルトラセブンの第43話、「第四惑星の悪夢」的に言うと、「人間は、我々ロボットを創り出してからというものの、すっかり怠け者になってしまった。その内、ロボットがとって変わられたと言う訳さ。ハハハ」という辛辣なセリフを思い出させます。
「ほな、もうデザイナー要らんやないか」
そない言う人も中にはおります。けれどもです。
先日、AIに「ええ感じのチラシ作ってくれ」言うたら、それはもう見事なもんが出来てきた。
「さすがはAIやな」…ほんで感心して隅々まで見とったら……右下に小さい文字で書いてあるある数字に目が行った。
「お問い合わせ先:03-△△△△-〇〇〇〇」
……コレ、うちの電話番号ちゃいますやん! ゆう、笑い話にならん事がホンマにあったんです。
やっぱり最後は人間の目ぇが要りますな。
道具は関係ありまへん。烏口がマウスに変わり、それが生成AIになったかだけ。最期にそれを使うのも確かめるのも、結局は人間でしてね。

手作業の印刷現場が、コンピュータにとって変わられた。そんな時代でした。
今で言う「時短」のハシリですな。
それでも面白い時代だった
それでも、この時代は面白い時代でした。
アナログの印刷現場が、少しずつデジタルへ移っていく。Illustratorでロゴを作り、Photoshopで写真を整え、QuarkXPressでページを組む。すべてがMacの画面の中で完結する。そんな新しい制作環境が、この頃ようやく形になり始めたのです。

デジアナ混合時代の幕開け。ココまできてようやく、広告印刷業に新風が吹き始めました。地味でコツコツする作業現場から、華やかなホワイトカラーの現場に変わりつつありましたな。けど、今でもデザイナーしとる自分にとってもコレは、変な感じですわな。
次回予告 ── 嵐の前の静けさ
ところが、このすごい勢いのMacintoshがずっと進んでいくかと思われた矢先、パソコン業界に大きな変化が訪れます。
CPUのさらなる進化。Trueフォントの革命。そしてWindowsの台頭。
Macを取り巻く環境は、ここから少しずつ変わっていくことになります。
この先、デザイン業界はどうなっていくのやらねぇ…つづきは次回の講釈で。

逆さまの 文字の欠片を 拾いつつ 言の葉の意味を つむぐ職人芸
【次回予告】〜嵐の予兆(仮)〜

